現生人類の起源(5)

 前回(8月2日分)の続きです。

 現生人類の起源といいつつ、多地域進化説の紹介ばかりしてきましたが、そろそろ、現在では通説になりつつある、現生人類のアフリカ単一起源説について述べていこうと思います。
 単一起源説への一般の支持が一気に高まるきっかけとなったのは、何といっても、1987年に発表されたミトコンドリアDNAの研究でした(正確に言えば、この研究を表紙でも大々的に取り上げるほど紹介した『ニューズウイーク』なのですが)。現代人の母系をたどると、20万年前のアフリカにいた一人の女性(ミトコンドリア=イヴ)に行きつく、との説(イヴ仮説)は、学界にも一般人にもたいへんな衝撃をもたらしました。
 しかしながら、この説は多くの誤解を一般にもたらしました。イヴと同年代の他の女性の遺伝子は現代には伝わらず絶滅したとか、イヴ仮説によって現生人類のアフリカ単一起源説がはじめて主張されるようになったとか、イヴは最初の現生人類だったとか、とにかくかなりの誤解が浸透してしまいました。

 イヴは、あくまで現代人にとっての最後の共通母系祖先というだけのことで、イヴと同年代の他のミトコンドリアDNAグループの女性の遺伝子が現代に伝わっていないということではありません。また、イヴは同年代の他の個体とは異なる何か生存に有利な遺伝子をもっていて、ゆえにその遺伝子が広まったのだとの認識もありますが、そのような遺伝子をイヴがもっていたかどうか、現時点でどちらの可能性が高いかということも不明です。
 イヴが最初期の現生人類だったかどうかも定かではなく、イヴ以前に現生人類が登場していた可能性も、イヴ以後に現生人類が登場した可能性もあります。もっともこの問題については、現生人類をどう定義するかにもよるのですが、かなり古人類学に詳しい人でも、イヴの存在年代=現生人類の誕生年代とする理解が認められますから、一般人の間でそのような理解が浸透してしまうのも仕方ないのかもしれません。

 イヴ仮説によって現生人類のアフリカ単一起源説がはじめて主張されるようになったとか、イヴ仮説こそ単一起源説の核心であるとの誤解も根強くあり、そのため、イヴ仮説を否定すれば単一起源説を葬り去れるとの誤解も根強くありますが、単一起源説はイヴ仮説以前より主張されており、イヴ仮説が否定されても、ただちに単一起源説を否定するというわけにはいきません。もちろん、イヴ仮説は単一起源説にとって強力な援軍でしたが。
 単一起源説は、アフリカの遺跡・人骨の新たな年代観を主要な根拠として主張されるようになりました。現生人類の登場がもっとも早いのがアフリカであり、アフリカではエレクトス(エルガスター)から現生人類への進化の道をたどれることが、単一起源説の重要な根拠となります。
 1987年に発表されたイヴ仮説は、分析に使用したソフトの誤使用が指摘され、現在では基本的には間違いだったことが明らかになっていますが、20万年前ころに現代人にとって最後の共通母系祖先が存在したとの結論じたいは、年代に多少ズレがあるとはいえ、その後の追試でも再確認されていて、これらの分子生物学の研究から、単一起源説は通説として認知されるにいたりました。

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