『イリヤッド』103話「皇帝の道」(『ビッグコミックオリジナル』9/5号)

 最新号が発売されたので、購入しました。前号では、入矢・ゼプコ老人・呉文明(リチャード=ウー)が「方士塚」に侵入し、そこからいよいよ始皇帝陵へと侵入するところで終わりました。
 もっとも、「ソロモン王の壺(玉)」をはじめとして、「彼の島」の手がかりは、その昔に「山の老人」が始皇帝陵から取り除いたとのことでしたので、今回は新しい情報は得られず、「山の老人」の暗殺部隊との対決という、サスペンス的性格の強い話になるだろうなあ、と予測していたのですが・・・と前置きはこのくらいにして、今回の話についてです。

 物語は、呉文明率いる翼馬グループ(現在は異母兄の呉規清が弟よりグループを譲り受けて率いています)に買収をしかけた乗っ取り屋の老人が台北で食事中のところを、呉規清が訪ねる場面から始まります。料理店の主人は、食事を終えて席を立った乗っ取り屋の老人に「張先生毎度!」と声をかけていますから、老人が張姓を(少なくとも一部には)名乗っていることが判明します。
 呉規清は張に、弟にはアトランティスを諦めさせるし、「山の老人」に寄付してもいいから、弟を助けてくれ、と頼みます。張は、「弟さんは信仰をお持ちかね?あるいは中国古来の道(タオ)を信じておられるかね?」と尋ねますが、異母弟と最近まで疎遠だった呉規清は答えられません。
 張は、「実はあなたの弟さん、助けようにも助けられないのだ。私は殺し屋を差し向けるつもりは毛頭ない。だが、彼はたぶん墓から出ては来られないだろう」と言います。どういうことだ、と尋ねる呉規清にたいして、張は「もう一度尋ねる。弟さんは神か道を信じているかね?神を信じる者か、道を究める者のみが、始皇帝の墓から生きて出られるという伝説があるのだよ」と言います。
 その発言を受けて、呉規清は台北の自宅に戻り、神・道の信仰と始皇帝との関係について、調べ始めます。

 一方、入矢・ゼプコ老人・呉文明(リチャード=ウー)の三人は、「方士塚」から始皇帝陵の地下宮殿へと通じると思われる狭く長いい通路を這って進んでいました。先頭を行く呉文明は壁に突き当たり、それを突き崩すと大きな部屋が現れ、兵馬俑坑と同じく、武人姿の陶俑が多数配置されていました。
 さらに部屋には、翡翠の杏やローズクォーツの桃や珊瑚の葡萄といった財宝が山のように置かれており、『千一夜物語』の、アラジンが洞窟で果物の宝石を見つけたという話の舞台が始皇帝陵だったことが改めて確認されました。

 部屋には大きな扉がありましたが、押しても開かず、引くと開くようになっていました。扉を開けると通路が現れ、通路の両端には陶俑が多数配置されていました。通路を進むと、またしても大きな扉があり、これを先ほどの扉と同様に引いて開けると、ついに始皇帝陵の巨大な地下宮殿が姿を現します。
 地下宮殿は、巨大な水槽の周囲を通路が取り囲み、中央にある始皇帝の墓室に東の通路からまっすぐ橋が伸びる、という構造になっています。水槽には、翡翠でできた山々や草原があり、川と海は水銀でできていたと思われますが、水銀は干上がっています。
 天井には天体画が描かれていると思われますが、入矢たちの持ってきた小さな照明具では暗くて見えません。「冥界の王」のピラミッドのときは、暗くて砂絵の地図がよく見えず、そのことを悔やんでいた入矢とゼプコ老人ですが、明かりのないだろう地下宮殿への侵入にあたって、なぜ今回も強力な照明具を持ち込まなかったのか、疑問に思うところです(笑)。

 三人は橋の前にやってきますが、壁面には矢の突き刺さった人骨が打ちつけられていました。橋の上に6体ほどある、弩を構えた武人姿の陶俑を見た入矢は、ゼプコ老人と呉文明を、橋の入り口の両端に立っている巨大な陶俑の影に隠れるよう促すと、近くにころがっていたその陶俑の頭部を橋に投げ込み、自らも巨大な陶俑の影に隠れます。すると、入矢の懸念した通り、武人姿の陶俑から弩が発射されます。『史記』の記述通り、侵入者を拒むため、弩を自動的に発射する仕掛けがなされていたのでした。張は、暗殺部隊を差し向けるつもりはない、と言ってますから、他にも仕掛けが色々とあるのかもしれません。
 三人は途方に暮れますが、呉文明が、「神と道を信ぜざる者・・・・・・生きてまた戻らず」とある石碑に気づきます。入矢は、始皇帝は復活し、異母兄の呂信の墓から地上に戻る予定だったのだから、この橋も、危険なく通れるよう設計されているはずだ、と考え、ついに解決策を見つけ、「わかったぞ、馳道だ!皇帝のみが通れる道だ!!」とゼプコ老人と呉文明に語りかけるところで、今回は終わりです。この馳道とは、橋の真中を貫く、細くて盛り上がった通路のことかな、と思います。

 今回は、謎解きの部分ではあまり進まず、「山の老人」が暗殺部隊を派遣しているというわけではないので、始皇帝陵の仕掛けとの対決という側面はあるものの、対人間のサスペンスはなく、ヒューマンストーリー的側面も、呉規清の張への依頼はあるものの、全面に強く打ち出されているわけではありません。
 では、あまり面白くないのかというと、『イリヤッド』の魅力の一つである、丁寧な遺跡の描写が全面に打ち出されており、始皇帝陵の地下宮殿の様子を見た現代人はいないわけですから、アトランティスにまつわる謎解きが進まなくても、地下宮殿がどうなっているのか、という歴史ミステリーの部分では大いに楽しめました。

 謎解きに関しては、前号の102話あたりから、「山の老人」が必死になって隠蔽し続けてきた、「人類がぜったい知るべきではない、太古の呪われた秘密」の核心に迫ると思われる、信仰・宗教心についての会話が描かれていますが、現時点では抽象的な内容で、秘密の明確なヒントにはなっていません。
 ただ今回、「神を信じる者か、道を究める者のみが、始皇帝の墓から生きて出られるという伝説がある」とされているのは、始皇帝陵にまつわる伝説のみならず、呪われた秘密と「山の老人」との関係をも示唆するものではないか、という気もします。
 「山の老人」にとっては、「宗教のない」日本人が謎を解明するのは許されないが、信仰心の強い人間には許される、ということなのかもしれません。そうすると、テルジス博士を毒殺しようとして土壇場で思いなおしたグレコ神父の行動も理解できるのですが・・・。

 次号では、いよいよ入矢たちが始皇帝の墓室に行くのでしょうが、予告では、「次号、始皇帝の廟につづく橋を渡る入矢たちが目にする衝撃の事実とは!?」とあります。
 始皇帝陵のアトランティスの痕跡は、その昔「山の老人」が取り除いたはずなので、新たな証拠はないはずなのですが、呪われた秘密を解明する重要な手がかりがまだ残されているのでしょうか。まあ、始皇帝の墓室ともなれば、アトランティスに関係するものがあろうがなかろうが、色々と衝撃的なものが残されているだろう、とは思います。
 もっとも、予告が誇大なのはいつものことで、偽の「冥界の王」の墓室をレイトン卿が見ようとするときも、「レイトン卿が“冥界の王”を見て知る驚くべき事実とは・・・!?」との予告になっているので、過大に期待せず待っておこうと思いますが(笑)、それにしても次号が楽しみです。

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